
「ぶれない美意識」に女性の共感 人気スタイリストの“おしゃれ”術
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081202-00000521-san-soci
スタイリストの高橋リタさんのインタビュー。
感性を磨く上で、とても重要なポイントがあるんですね。
感性を磨く簡単な方法の1つが、「意図をもって同じ事を繰り返す。」こと。
この中に「立教女学院時代、毎日私服で通学するので、限られた服で友達に一目置かれるコーディネートをする必要があった。」という部分があります。
「限られた服」というのは、同じような服で繰り返す必要があるということです。
「友達に一目置かれるコーディネート」というのが、「意図がある」ということなんですね。
でもこれだけでは、「立教女学院」など私服通学の女子は、ほとんどスタイリストになれてしまいます。 まぁ才能の違いかもしれません。
じゃぁ、高橋リタさんは何が違うのか?
その1つが、「航空会社勤務で海外経験が多い父は、品質と価格が見合わないものは決して買ってくれなかった」というところ。これで質を見極める必要があったわけです。
かわいいから。という外見上の理由だけではダメで、1着ごとに品質を考える必要があったわけです。
それに「専業主婦の母は、女の子でもピンク色やフリルはNGで、子供に似合う色は紺と茶だけという審美眼の持ち主。」というのもピンクがどうのではなく、限定なので紺や茶を繰り返すことになるわけです。
ピカソの「青の時代」なんてのも、まさに同じ色彩に限定しているわけです。
そしてなによりも、「最良のコーディネートを徹底することが習慣になった。」わけですから、ノウハウやテクニックじゃないんですね。習慣。
高橋リタさんて、まったく知らないんですが、非情にお手本になる人生を送られてることに気づきますよね。
【限定】という場合、できない人はその【限定】をできない理由にします。 ○○だからできない。 ○○は使えない。
しかしそれは、○○の中でできること、○○の使い方を考えないだけなんですね。
だから才能なんてのは、人生においてはまず意味がないんです。
だって、ほとんどの人は「続かない」し、才能があっても開花する前に「やめる」から。
できない理由を言って続けない人。できることをやって続ける人。
簡単なことですよね。
ピカソ スタイリスト 高橋リタ




